朝まで生テレビ(朝生)!「原発」第1弾 1988年 2

朝まで生テレビ!「原発」第1弾 1988年 というのが、youtubeにアップされている。
チェルノブイリ事故が起こった後に、日本でおきた反原発の動きの中での、「推進派」「反対派」の議論である。

この動画を1〜16まで見ていると、現在につながる色んなことを感じることができる。

原発反対の運動というのは、当時は大変大きなものだったのだと会場の雰囲気から感じる。
最近も話題になっている広瀬隆さんが原発について問題提起した「危険な話」という本が、当時の1つの社会問題になっていたようだ。

このVTRを見て、日本が23年前の当時から、どうして原発推進を止めることができなかったとのかということを考え、3つの問題を感じた。

■日本人の科学的思考力(≒論理的思考力)の欠如
■日本国の民主主義の未成熟
■日本は、世界一の技術立国で、日本は特殊だという島国根性

この3点であり、それは23年前も未熟で、現在は更にだめになっているようにさえ思う。

■日本人の科学的思考力(≒論理的思考力)の欠如
議論において、栗本慎一郎、西部 邁、舛添要一といった社会科学出身の推進派の論客は、文明論などを持ち出す。進歩というのは、常に危険と隣り合わせだ。皆、豊かな生活を求める。豊かな生活を享受しながら、一方で、感情的に反原発を叫ぶと。例として、飛行機や車を出す。飛行機や車は危険だと分かっていても、そのリスクを許容する。私は、文系の学生だったので、文明論とかの話や、経済発展、進歩のために許容されるリスクがあるという話を出されると、当時もしこのビデオを見たら、そちら側の意見に賛同したような気がする。
しかし、今冷静になった考えた時に、彼ら、社会科学系の論客に欠けているものを1つ感じる。それは、「科学的思考力」なのだ。彼は、飛行機、車と原発を一般化して論じている。しかし、飛行機、車と原発は、違うものだ。どのような構造か?、どのように事故が起こるのか?、どんな危険性があるのか?、事故が起きた時の影響は?違う技術なのに、文明の進化にはリスクがつきものであると、一般化している彼らは、そもそも原子力の仕組みについて、興味もないし、理解もしていないだろうなと、思われる。異なる技術を文明論という社会科学的概念に一般化して、自身は原発の技術に興味がないというのは、「科学」の軽視だと思う。一方で、暉峻淑子(てるおか・いつこ)という反原発側の論客にも同じことを思う。

原発を止めるためには、原発の科学的な理解をした上での議論でなければいけない。
それなしで、生命だの、人権だのをあげただけでは、結局、権力側である推進派に丸め込まれてしまう。

■日本国の民主主義の未成熟
もう1つ感じるのは、日本の民主主義の未成熟だ。
中島哲演という福井の坊さんが、ろくに討論会が開かれないまま、建設された。と怒っていた。
金をバラまいて、原発を建てるという方式は、日本ぐらいらしい。
例えば、イギリスでは何百回も討論会がなされた上で、住民の同意を得た上で、建設がされるそうだ。
都会の人は、原発はどこか人ごとのはず。建設のプロセスはせめて現地の人に対して、民主的な手続きでなされるべきだ。
現地では非民主的な手続きで、建設が進められる。都会の人がそれを知る機会は、テレビぐらいしかない。
そのテレビが報道を規制しだしたら、現地の人の小さな声は、日本には届かない。

そのような社会問題を、声を大にして報道しなくなったマスメディアの責任は、大きいし、同時に、そのような真面目な問題に興味を示さなくなった、日本人の知的レベルの低下にも大きな問題があると思う。

■日本は、世界一の技術立国で、日本は特殊だという島国根性
VTRの最初の方を見ていると、アメリカのスリーマイルの事故、ソ連のチェルノブイリの事故があっても、日本は安全であるという根拠は、「日本の技術、オペレーションは優秀だ」という論理である。ちょうど、バブルの頃だから、それは特に説得力をもったのかもしれない。
その日本が、福島原発の事故で、フランスの技術に頼り、アメリカのロボットに頼る姿を見て、非常にショックを受けた。(日本はロボット技術は世界1のはずだったのだが)。
高速鉄道では、フランスは550kmを出すTGVがある。日本の主要家電メーカーは、サムスンの足下にも及ばなくなり、apple製品が世の中を席巻している現在、日本の技術的優位性とは、圧倒的な優位性ではなく、業界、業界内のある分野における優位であって、そんなことを言えば、どの国だってそういう優位はあるのだから、日本の技術的な優位性など、存在しないのではないか?島国の人間が、勝手に自画自賛しているだけではないか?

日本復興に向けて
敗戦以来の国難から立ち直るためには、3つの面での変革が求められると思う。
 ■経済復興(新しい時代に対応した資本主義社会の確立)
 ■高レベルな民主主義の確立
 ■科学重視の教育、英語教育の重視

経済復興については、ここでは述べない。

■高レベルな民主主義の確立
私は、原発問題の根底には、日本の民主主義が未成熟だということが根底にあると思う。
地元住民というマイノリティの声は軽視されてきている。
それを報道しないマスコミと、それを問題視しない一般視聴者。
このような状況が、インターネット上のソーシャルメディアの台頭で、変わっていくことが日本の復興にとって、重要なことだと思う。

■科学重視の教育、英語教育の重視
国民の科学レベルが高ければ、プルトニウムは食べても大丈夫というプルト君のようなビデオは、この世に存在できないのではないか。
推進派がこのようなビデオを作るのは、国民の分かりやすい安全というニーズと、国民の科学的思考力のなさに対応するために、
作ったものだと思う。国民の科学的思考力が高ければ、推進派も、レベルの高い啓蒙活動を推進できると思う。
また、英語ができれば、世界の情報に自然と接する機会が増える。
私も文系大学出身だが、ちょっと文系の学部が多すぎるんじゃないだろうか?
英語の習得には、文系理系はまったく関係がない。

以上、具体的ではないが、単に東電や政府の問題の裏にある、今回の問題の背景には、こういう日本の構造があるのではないかということを書いてみました。

インターネット、特にtwitterやfacebookは、真の民主主義確立のための重要なツールだと思います。
また、インターネット、特にustreamなどで流れる情報の中には、深く科学について知る機会があります。
(パソコンをいじっていること自体が一つの科学です。)

今回の大震災発生から、多くの疑問を抱きました。そして、いろいろ考えました。
そして結論として、「民主主義」を追い求め、同時に、「科学」に興味を持とうと思ったのです。

朝生 原発 VTR

■社会科学者は、科学を理解せずに議論をしすぎだ。個別の事象によってそれぞれ固有の問題が存在する。
技術を、文明論と交えて一般化する思考は、間違いだと思う。自動車、飛行機の問題と原発は別の問題なのだ。

■福井の住職の中島哲演さんのおっしゃるとおり、地元の声は制圧されてきた。情報公開はなされずにきた。
日本でも今更、グラスノスチを求める活動が必要なのだろうか?
9:50より

■アメリカやソ連の事故は、技術の遅れ。世界一の技術力の日本では同じことは起きない。
世界一の技術力、日本は特殊という神話は、23年たった今でも、強く生き残っている。

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hyokoya について

これからの時代は、「IT」「英語」「会計」の時代だそうです。 特に、「IT」に関して、少しでも役立つ情報を、提供していこうと思っています。 ITは、これからの社会では必須の能力です。しかし、実際には、ITを肌で分かる人、分からない人の二極化が進んでいると感じます。 文系の人の中には、ITと聞いた時に、理系、数学的といったことを思い浮かべる人も、多いのではないかと思います。しかし、今のようにITが身近になり、操作も簡単になった今となっては、ITとは、言語であり、コミュニケーションの道具だと思います。 私自身も文系出身です。文系、理系問わず、老若男女問わず、少しでも役に立つ情報が提供できればと思っています。 ■資格 応用情報処理技術者試験合格
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